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2003年9月 (スタッフの日記バックナンバー)9月30日(火)突然、携帯に迷惑メールがいっぺんに入るようになって、ノイローゼになりそうだった。今は、一応、携帯を持っているが、電話は好きでないので、よほどのことがない限り使わないし、自分のアドレスも知らない。それなのに、いきなり立て続けに50通も60通も、気持ちの悪いメールが入り出し、消しても消してもまた飛び込んでくるので、ついにすべてのメール受信を拒否することにした。これは暴力以外の何ものでもない。かつては、「いたずら電話」という性犯罪があったが(もちろん今も。これも悪質なものは相当なダメージを受ける)、迷惑メールと郵便ポストに入るピンクチラシも性犯罪だと思う。不特定多数を狙って、あまりに頻繁に起こるすぎるから、犯罪というにはピンとこないけれど、それでも、被害を被る立場から言えば、やっぱり暴力だと思う。インターネットによって便利になった一方で、ストレス多き時代だ。(村本邦子) 9月30日(火)熊取町公民館の「熊取ゆうゆう大学」子育て講座の講師に出向く。やはり大阪市内とは空気が違い、澄み切っている分、風は肌寒さを感じるほどだ。せっかくお迎えに来てくださった館長さんと入れ違いになってしまい申し訳ないことをしたが、講座は、熱心なお母さんたちのおかげで、とてもよい雰囲気だった。熊取町といえば、行方不明になって4ヶ月が経つ小学生女児のことが気がかりだ。町にもあちこちにポスターが貼られていた。昨日はテレビ中継があり、町も大騒ぎだったようだ。透視能力があるという人がテレビ出演し、女児の行方についてコメントしていたが、残念ながら死亡していると言ったのだそうだ(私は、夜の講演があり、テレビは見ていなかった)。帰りを待つご両親の気持ちを思うと、何ともやりきれない。講義を終えて、ダッシュで事務所に戻り、仕事をして、夕方はまた、講演の打ち合わせ。毎日が脱兎のごとく逃げていくようだ。明日からはもう10月。(津村 薫) 9月29日(月)大学の新学期が始まった。この間、忙しくて準備ができていなかったので、かなりプレッシャーだったが、やってみると久しぶりで楽しかった。この秋はとくに忙しくて、よほど要領よく時間をやり繰りして授業の準備をしなければならないが、大学で教え、いろんな人たちと関わると元気が出るものだ。なんとかこの年内を乗り切らなくっちゃ。(村本邦子) 9月28日(日)京都市子育て支援センター・こどもみらい館で「子どものほめ方・叱り方」というテーマで講演をした。多くの親にとって、もっとも頭を痛めるほめ方と叱り方、ご夫婦の姿も多く、とても嬉しい。皆さん、熱心に聴き入ってくださった。夜は、ТBS系のドラマ「さとうきび畑の唄」を見る。前からテレビ予告を見て、「これ絶対に見る」と娘が楽しみにしており、チャンネルを合わせたけれど、娘は身じろぎもしないで、涙を流しながら見入っている。ドラマで何度も出てくる「地上戦」「学徒出陣」などという言葉は、社会で習ったかもしれないが、ちっともピンときていなかったことが、思春期の娘に実感をもって迫ったことだろう。私も6月に鹿児島で見た、特攻記念館を思い出した。 9月28日(日)旅行中のデジカメのデータ整理に1日、悪戦苦闘。どうも要領を得ない。一時は、データをすっかり削除してしまったと思い、青ざめたが、娘があちこち探してくれて、パソコンのどこかに隠れていたのを取り戻してくれた。ホッ!パソコンのことは、子どもたちの方がよく通じている。私にとっては、便利になったようで、不便になっている感もある。それにしても、写真があると、忘れていたことが記憶の中から取り出せるように思えるから不思議だ。時に、2〜3歳の小さな頃の記憶は、直接的な記憶なのか、アルバムからの間接的な記憶なのかわからなくなることがある。人間の頭の中も、コンピューターと似ているのかもしれない。(村本邦子) 9月27日(土)時差ボケのまま今日は面接がたくさん詰まっていたので、クライエントさんに「先生、眼がトロンとしてお疲れですね」と言われてしまった。カウンセラーとしては最低だ。イギリスと日本は9時間。行きは昼前に乗って12時間、向こうの夜に着き、帰りは夜に乗って13時間、夕方に着く。到着してまもなく夜が来て休めるというのは、比較的楽なフライト・スケジュールだ。それでも、慣れるまでは、明け方に目覚めてしまう。帰りの飛行機では視察先からたんともらってきた資料を読みあさり、興奮気味で一睡もしなかった。本当に充実した視察旅行だった。行きは行きで、映画を6本も見ていて眠なかった。原題「アンガー・マネジメント」は「NY式ハッピー・セラピー」とか何とか訳されていたと思うが、かなり笑えた。「ベッカムに恋して」もタイトルに反して面白かった。ロンドンは人種のるつぼ、移民二世たちの親世代との確執が描かれている。その他、「コア」「ぼっぼや」「ピーターパン2」「ロイヤル・セブンティーン」。いつもはよく寝る私なのだけど、旅行中はずっと睡眠不足で動いていたので、疲れがどっと出ないか、ちょっと心配。この秋は超多忙。(村本邦子) 9月26日(金)しばらくアイルランド・イギリスを回っていて、今晩、帰ってきた。パソコンを持っていかなかったので、日記もずっとお休みしていたが、これから、また、せっせと書くことにしよう。旅行中のことなど、書きたいことがいっぱい。(村本邦子) 9月24日(水)生協の共同購入を利用しているが、ワーキングマザーの心強い味方だ。わいわい言いながら、注文した品を皆で選り分けて取るのも楽しい。だいたい注文する物はパターン化してしまっているようで、「これ、かおりんのでしょ」と言われると、当たっている(笑)。私のお気に入りは「かき醤油」で、煮物の時の武器になる(笑)。味付けが下手でも、これで良いダシが出るから、なかなかのもの。レトルトカレーや、カップめんも、結構イケるものがあって、私の昼食用によく頼む。人が頼んだ物が美味しそうに見えて、「それどうやって使うの」と料理法を聞いたりするのも、新しい発見があって面白い。アロエヨーグルト、カットされたベーコンや、バラ凍結されたミンチ肉、とても便利でありがたい。野菜がとても新鮮で美味しいのも魅力だ。冷凍で届けられる魚も、とても美味しい。 9月24日(水)どじゃぶりの中を歩いて、ずぶ濡れとなり、疲れて帰宅し、玄関を開けたところで、いつもどたばたうるさくして迷惑かけてる階下の人が追いかけてきた。お鍋とお皿貸してと言われるので渡すと、鍋にはいっぱいの肉ジャガ、お皿にはサラダを入れて持ってきてくれた。いつも仕事と子育てと、ほんとによくやってるよねー、大変でしょうと言って。嬉しかったなぁ。このごろ、ご近所の母世代の人たちがよく労ってくれる。ちょととした一言や、心配りに心が温かくなる。(窪田容子) 9月24日(水)映画blue(原作:魚喃キリコ)を見る。私はどちらかと言えば、洋画よりも邦画をよく見る。人物の心情が風景に託されている場面では、邦画の方が何となく自分にしっくりくるような気がするからだ。 9月23日(火)ワーキングマザーが掃除機をかける頻度は、週に一度なんだそうだ。週末にたまった家事を片付けるというのが、ワーキングマザーに共通した習慣だという。その週末の休みすらままならない事態に陥ったとき(つまり休日返上が続く場合)、ワーキングマザーたちはどうしているのだろうか。私の場合は、ますますひどくなっていく家を見て、落ち込んでいく(笑)。夫も休日に片付けているが、夫もあまりまともに休日がとれない上、掃除嫌いで整理整頓が下手な私以上にルーズなので、すっきりとはいかない(この夫婦の子どもだけに、娘も・・あわわわ)。しかも犬も猫もいるという家。優先順位は、生きている者の世話と食べること、必要に迫られて洗濯。掃除はどうしても二の次、三の次になる。「ゴミじゃ人間は死なない」というありがたいスローガンを我が家は掲げてきたが(笑)、それもまあ程度問題だ(涙)。すっきりした家が心地よいと感じながら、片付けられない不甲斐なさ。そんな忙しいワーキングマザーの支援をしている会社がある。社長の上田理恵子氏とは、最近親しくなったばかりだが、とても魅力的でセンスのある人で、働くママたちの強い味方だ。株式会社マザーネット、そのサイトにはこんなふうに書かれている。 9月22日(月)本当に夏か?というような8月が過ぎ、9月になって夏本番か?というような酷暑が続き、突然、本格的な秋を迎えたような感じ。異常気象だというけれど、いつもは鈍感な私ですら、今年はそれを実感した。大好きな季節は?と聞かれたら、「夏!」と答えていた。若い頃は(涙)。最近は暑さがこたえるようになり、汗をかいた後の電車やバスの冷房がきつく感じるようになった。海が大好きで、泳ぐのが何より好きだから、夏が好きだったのだけれど、水着になったのは、いったい何年前のことだろうか。思い出せないくらい前だというのが寂しい。いまは、カラッと乾く洗濯物や、冷たい水菓子やアイスクリーム、ふわふわのタオルケットに夏の喜びを感じるのだから、年をとったんだなあ。冷たいものをがぶ飲みするのも控え、健康のために、真夏でも熱い日本茶や紅茶を飲んでいたりもするし。こういう人は多いのだろうか。講師に出かけた先でも、「熱いお茶と冷たいのと、どちらがいいですか」と聴いてくださる人が多くてありがたや。さすがに講義中は冷たい水かお茶をいただいているけれど。さあ、秋本番。一年で一番忙しい時期が始まった。元気で乗り切りたいものだ。(津村 薫) 9月21日(日)女性ライフサイクル研究所は、あまりテレビ好きなスタッフがいないのだけれど、私はかなり見ている方だ(汗)。「よくそんな時間がありますね」と言われることもあるが、私は「ながら族」のハシリ。深夜放送を聴きながら勉強したクチなので、何かをしながらパソコンを開くなどということが平気なのだ。朝も「めざましテレビ」で一日が始まり、「今日のわんこ」でほっこりして出かける。気に入って見るのは、もちろん怖い番組で(笑)、「アンビリーバボー」はよく見る。「ナントカ警察24時」とか「病院24時」などという特番も好んで見る。万引きGメンのドキュメントなどというのも、なぜか見てしまう。「ものまね」、「はじめてのおつかい」も見てしまうなあ。過去には、ビデオを録ってまで見たドラマもあった。「ぽっかぽか」「天までとどけ」「スイートホーム」などは大のお気に入りだったなあ。最近は、「探偵ナイトスクープ」「チューボーですよ」などを見て、げらげら笑う時間も好き。堺正章は本当のエンターテイナーだと尊敬しているほどだ。第三者を笑いの対象にするお笑いと違って、彼のユーモアには暖かさがあって好きだ。うんと悲しい番組も嫌いではない。この秋には、「白い巨塔」が始まるというので楽しみにしている。田宮二郎の演技を超える「白い巨塔」にはお目にかかったことはないが、それでも、こういう社会派ドラマが出てくるのは嬉しい。そうそう、「忠臣蔵」があれば、欠かさず見る私は義理人情だの、浪花節に弱い(汗)。「渡る世間は鬼ばかり」も大好きだ。橋田寿賀子の台本は独特の臭みがあって、それがまた面白いのだ。えなりかずきくんは、小さな頃から、泉ピン子に「母さんも因果だねえ」と言っていた(笑)。「〜しちゃいけないって法はないだろう」「あたしゃ、▲◇○の性根が見えたんだよ」「私は、ここで辛抱して、できない苦労もしてきたんです」とか(笑)。書き出したらキリがないのは、テレビっ子の悲しい性。秋からの新番組は、仕事に疲れた私の憩いのひとつ。とっても楽しみにしよう。(津村 薫) 9月20日(土)ひと雨ごとに涼しくなっていく・・という季節がやってきたのだろうか。今日は肌寒さすら感じる雨模様の1日だった。「雨」が出てくる歌をいろいろと口ずさみたくなるのは、鼻歌好きの母の血か(笑)。カーペンターズの「雨の日と月曜日は」という歌が大好きで、結婚式のBGMとして、友人に電子オルガンで演奏してもらったことがある。“雨の日と月曜日は憂鬱だ”という内容なので、「結婚式向きじゃないやろー」と友人に突っ込まれた記憶がある。うきうきするような雨の日といえば、新しい傘や長靴を買ってもらった子ども時代を思い出すだけれど、♪ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん♪という体験を大人になってから、していないもんなあ。水たまりに飛び込んでみたい気持ち。しかし、そこいらじゅう舗装された道路ばかりで、深い水たまりもないのが残念!(津村 薫) 9月19日(金)豊中市保健所で「ストレス教室」の講師として出向く。じっくりとプログラムを練ってある催しで、ストレスのチェックテストをしたり、体を動かしたり、リラクセーションをしたりと、2日間をかけて丁寧に学ぶものだという。私はそこの「理論編」にお招き頂いた。理論編というと堅苦しいイメージだが、そうならずに、身近な問題としてストレスを学ぶ機会になったなら嬉しいのだけれど。 9月18日(木)普段、一緒に仕事をしている研究所の仲間たちとの年齢差を感じることはあまりない。特に仕事の話をしている時などは、共に仕事をしている仲間として真剣に会話しているのだが、「これが流行ったとき、何歳だった」という話になったとき、「えっ?!」と驚くことがある(笑)。今日は、元祖トレンディードラマ「東京ラブストーリー」放映中の頃、いくつだったか、という話がたまたま出て、若手から、「中学生だった」という話を聞いてびっくり。当時、私は子どもが産まれたばかり・・という年だったので、「ウーン」と唸ってしまった(笑)。「積木くずし」に至っては、「保育園児だった」「よく知らない」という声まで出て、なぜか笑ってしまった。いろんな世代を生きた、まったく別の人格が集って仕事をしていることに、新鮮な感動を覚えたりする。(津村 薫) 9月17日(水)今日は猫の話。猫と暮らすまで、猫は気持ちが良いと「ゴロゴロ」と喉を鳴らすと思っていた。ところが、我が家に猫がやってきて、暮らしてみると、ご満悦のときは、「ぶろろろろろろ・・・」と言うのだな(笑)。ダッシュをするときや、飛び乗り・飛び降りのときに、「ぷるるっ」「ぷぎっ」と言うのもはじめて知った(笑)。これは猫と暮らしている人たちに聞いてみても、やはりそうだとのこと。面白いもんだ。おかしなことをする猫が多いのにも驚かされる。我が家の猫はトイレが大好き。便器の蓋にすわって、水が出ればそれを飲んだり、手をつけたり。蓋が開いていると、前両足を便器の中に・・・ワーッ!!ついでにお風呂も大好きで(自分が入るのは嫌い)、洗面器に残っている水をぴちゃぴちゃと飲んでいる。スリッパが好きで、誰かのスリッパに量前足を入れて、その上で伏せている。猫をどけて、スリッパーをはくと、もわ〜っと暖かい。別名・木下藤吉郎(笑)。隣の猫は電話機が大好き。真冬などは、ファックスもついた大きな電話機の上で暖をとっている(笑)。やはりもう一匹いる隣の猫は流し台が大好き。お風呂のように流し台でくつろいでいる姿をよく見かける。気まぐれで気位が高くて、人になつかない、目が怖い、私の猫に対するイメージは昔、とても悪かった。ところが一緒に暮らしてみたら、その気まぐれさ、気位の高さが、なんとも可愛く魅力的なのだ。生後1ヶ月で娘に拾われたとき、薄汚れたココア色で、名前が「ココア」とついたのだが(笑)、わずか350グラムだった。今では4キロという大きさで、態度もデカけりゃ、食欲も旺盛だけど、冷たく見えて、毎日玄関まで出迎えて、トイレまでついてくるというのが可愛い。共に暮らす犬と、喧嘩が絶えないのが困るけれど、明日も「ぶろろろろ・・・」を聞かせてね。(津村 薫) 9月16日(火)いつもと変わりない帰り道。日中はまだまだ暑いけど、日が暮れるとホントは秋なんだよな、と感じるこの頃。秋の夜、と言えば虫の声(唐突だなぁ)。聴いてると気持ちが和む。ふと、その虫の音、家につくまで何種類聴き分けれるかな、と歩きながら聴き入ってみた。うーん、この声はさっき聴いたな、いや、これは初めてかな、と思いながら歩く。数10メートル歩くとまた似たような声が聴こえてくるように思える。たぶん6種類ぐらいは聴き分けることが出来たよな、と「ちょっとだけファーブル」の気分になった。気にも止めなければ、あぁ虫の声だな、秋だな、ぐらいしか思わなかったのが、6種類もいるの?に変わった帰り道。「聞く」と「聴く」の違いでこんな体験が出来るんだ、と妙に嬉しくもあり楽しくもあり。帰宅の足取りも軽くなった。明日は7種類の聴き分けに挑戦!さて、7種類いるのかな?(原田光恵) 9月16日(火)阪神優勝から一夜明けて、街はいつも通りの静けさを取り戻し、何事もなかったかのように、ホームに電車がすべりこみ、人々がどやどやとなだれこんでいく、いつもの光景を見る。百貨店やショッピングセンターなどは、昨夜より熱き戦いが繰り広げられていたりしてね(笑)。人ごみが苦手な私は、バーゲンセールには顔は出さないけれど、相変わらず、静かに勝利の喜びにひたっている(笑)。欲を言えば、満員の甲子園球場の中で、「六甲おろし」を熱唱したかったけど(混雑は嫌いだし、子どももいるし、十数時間待つなどという芸当ができないから行かないけれど、スッと入れるものなら行きたかったかもなあ)。 9月15日(月)やきもきしたけれど、ようやく阪神が優勝。本拠地で勝利をおさめた後の優勝で、本当に嬉しい。欲を言えば、試合終了と共に勝利が決まるというのがよかったけれど、そう贅沢は言えまい。甲子園球場の中継にあわせて、自宅で六甲おろしを大熱唱した。気分爽快。明日からまた、元気に頑張るぞ!目指すは阪神タイガース日本一!日本シリーズを楽しみにしよう。(津村 薫) 9月14日(日)自治労の保育の集いで、午後の部・分科会の講師に行く。「保護者とのコミュニケーションを考える」というテーマ。自治労系の保育園に勤務する保育士さんたちの研修だ。 9月12日(金)ビデオ「パニックルーム」を観る。タイトルはホラーもののようだが(私は、ホラーものは絶対観ない)、母娘が主役のサスペンス。よく出来ていて、始終、ハラハラ、ドキドキしっぱなしだった。それにしても、西洋によくある隠し扉や、隠し通路のある古い屋敷は、それだけでミステリアス。アンネ・フランクの一家もそこに隠れていたし、アルセーヌ・ルパンにもよく登場していた。先祖代々の大きな家とは、つまりは、子孫たちが何世代にもわたって、そこに住み続けなければならないという不自由つきだ。私が子どもの頃に住んでいた家は100年ほどの家だった。縁の下から昔のものが見つかったり、知らなかった場所にお地蔵さんを見つけたりと、やっぱりミステリアスだった。今は同じ場所に建て代えた小さな家に両親が住んでいるが、先祖代々住むということはないだろう。私たちは、自由さと引き換えに伝統と歴史を手放すわけだ。「パニックルーム」もそうして住み手がなくなり、売りに出されたところから事件が始まる。(村本邦子) 9月12日(金)今日もスポーツニュースを見て楽しんでいる。阪神の優勝は明日か明後日かと胸を躍らせている。 9月11日(木)今日は中秋の名月。夜道、まんまるのお月様を眺めながら帰った。私が子どもの頃は、田舎だったこともあって、「十五夜」の行事が残っていた。その日だけは、地域の子どもたちが集まって夜遅くまで遊べるのだ。夕方になると、男の子たちが近所の家から藁をもらって歩いて、縄をない、なぜか、くるくる巻いて円を作り、相撲大会をする(女の子も!)。それから綱引き。あとは、近所の大人たちからもらったおやつを配って、クイズをしたりゲームをしたり、肝試しもやったっけ。あの頃は、今みたいに、夜遅くに子どもたちが出歩くということはなかった。なにせ、夜は真っ暗だったから。今はもうやってないと思うけれど、楽しかったな。数年前、外国からのお客さんたちを連れて行った下賀茂神社のお月見も感動的だった。豊作を祈って月を愛でるという風習自体、とても趣深いと思う。大阪に住んでいると、つい忘れてしまうけれど、そんな地域の行事があるといいのにな。(村本邦子) 9月11日(木)今日も阪神のことで恐縮だけれど、対ヤクルト戦を見ている。なんと4時間半を越える大熱戦。7対7の同点で、延長12回に入り、息もつけぬ試合を展開中。実況日記というのもオツなものか(なんでやねん)。広島が負けたのでマジックは3のまま。今日ヤクルトに勝たなければ、マジックは減らず、明日の優勝はなくなる。ファンの応援を見ている限り、ヤクルトのホームグラウンドとは思えない猛虎パワー炸裂!この白熱した雰囲気がなんともいいなあ。気が気じゃないけれど、胸が躍る。 9月10日(水)レンタルビデオで「裸足の1500マイル」を見る。オーストラリアの雄大な大自然を舞台に、1970年まであったというアボリジニの子どもの隔離政策が描かれている。家に帰りたいという一心で少女たちが故郷までの1500マイルの道のりを歩き続けるのだ。私には、ネイティブ・アメリカンの血をひく親友がいるので、ネイティブの問題はそれなりに知っているつもりだが、オーストラリアのことは詳しく知らなかった。家族から引き離し、言葉と文化を奪うというのは、どこにでもある普遍的な植民地政策だ。黙々とそれに抵抗する少女(彼女は、もう一回、施設に入れられ、再び脱走して故郷に戻っている)の姿は、非常に素朴なつくりの映画であっても、いや、それゆえに、迫力がある。(村本邦子) 9月10日(水)阪神のマジックが3。今日は負けてしまった。連敗というのが悲しいけれど、それでも、阪神の優勝は秒読み段階に入ってきた。早ければ明後日、名古屋で決まるのだとか!どきどき(笑)。 9月9日(火)夫が簡単な手術を受けるため、今日1日は、念のために、自宅待機。バチが当たらないよう(?)、殊勝にも「1日専業シュフ」をやることにする。1日あると、本当にいろいろなことができるものだ。洗濯して、掃除して、料理に手間暇かけ、ついでにうたた寝まで。普段は、休みの日でも必ず仕事をしているので(本を読んだり、原稿を書いたり)、こんなことは滅多とない。「やっぱり一家に専業シュフって必要だよな〜」と痛感して、子どもたちに「ねぇねぇ、これからは、曜日で当番を決めて、家族4人の交替制で専業シュフをやることにしない?」と提案すると、息子「専業シュフって女やん」、娘「夫って書いて、専業シュフっていうんだから男やで!」、「そうやった?ボク、試験勉強せなあかんし」(ホンマかよ)、「ウチもいろいろ忙しいねん」、「ママも毎日仕事で忙しいしな〜」。てなわけで、再び、シュフのいない日常生活に戻りそう・・・。(村本邦子) 9月8日(月)2学期になり、学校が始まった。夏休みは子どもと一緒に長らく休みがあったのだが、1ヶ月ぶりの中学校へ、スクールカウンセラーとして行く。 9月7日(日)娘に言われて、大阪市の中学の音楽会に行く。それぞれに、選曲も規模も違い、個性的だった。ほとんどがブラスバンドの演奏だったが、中学の3年間のうちに、ここまで楽器を扱えるようになるとは驚きだ。おそらくは、ほとんどの子にとって、中学に入ってから初めて触った楽器だろう。クラシックやポップス、マーチング、踊りながら演奏する「モーニング娘」のメドレーには驚いた。珍しいものとしては、だんじり、マリンバ・アンサンブル。どれも、なかなか楽しかった。子どもでもなく、大人でもなく、中学生とは不思議な存在だ。この子たちと一緒に、中学時代をもう一度、やり直したいような気持ちに駆られる。自分の中学時代が悪かったわけではないが、吹奏楽をやれば良かったな。パーカッションやコントラバスをやってみたい。今からでも始めたいくらいだけど、でも、当分は、これ以上、新しいことに挑戦するのはやめておこう。(村本邦子) 9月6日(土)神戸のあるグループに招かれて、去年、翻訳出版したキャサリン・フィッシャーの『もっとうまく怒りたい〜怒りとスピリチュアリティの心理学』にもとづいたワークショップを行う。講義とアートセラピー、リラクゼーションを組み合わせたものだが、やっていても、なかなか面白い。去年も大阪、京都で行ったのだが、やるたびに、誰にとっても、「怒り」の扱いがとても困難な課題であることを感じる。怒りは悪い感情だから抑圧するというのがお馴染みのパターン。抑圧された怒りは、鬱や身体症状として表現されたり、無意識的な偽造された他者への攻撃として表れる。自分より弱い者や、匿名の他者(銀行の窓口の人やすれ違った人など)への八つ当たりという形で発散されることもある。まずは、自分の怒りを受け入れ、味わい、それを建設的な行動に変化させていくことが肝要。そのための工夫はいろいろある(是非、本を読んでください)。今日は男性参加者たちも混じっていたのだけど、男性にも評判が良く、怒りに関するジェンダー差などについても納得してもらった。「男性にも必要」とコメントをもらったが、男性向けには、もう一ひねり工夫が必要かも。しばらく遠ざかっていたけど、この怒りのワークショップをもっとやっていけるといいな。(村本邦子) 9月5日(金)椎間板を痛めているかも・・・と診断されてから、あまり外には連れ出していない愛犬が、なぜかノミにやられて、かゆそうにしていた。あんまりかわいそうなので、ノミ退治の薬を購入して、背中に何滴かをたらしてやった。ヒヤリと冷たいだけで痛くはない筈なのに、その後に、犬が怒ること、怒ること。私を無視して、フン!という態度。夫が帰るとべたべたと甘えるのに、私が呼べば逃げる隠れる。それから何日も経っているのに、まだ根にもっているようで、避けられてしまっている(涙)。猫は猫でトイレが大好き。姿が見えないなあと思うと、トイレにこもっている。時には前足を便器に突っ込んでいることも(ぎゃー!!)。なんちゅうやつらだ。8月よりも厳しい、ここ数日の暑さには2匹共げんなりしているようだけれど(もっとも冷房をいつもつけているが)、元気で何より。犬猫は元気だけれど、人間様の方はさまざまにバタバタ。来週に実力テストを控えた娘は、ピリピリしはじめた。この夏挑戦した漢字検定三級には合格して、ちょっとご機嫌のようだが、「この成績で私立が決まってしまう!」と、かなりプレッシャーがかかっているようで、かわいそうだ。夫は相変わらずの痩身で、毎年この季節に身体検査があるのだが、結果には必ず「無理な減食は病気の元」と書かれてあり、何の減食もしていないのに、とぷんぷんしている。私はようやくしつこかった夏風邪がおさまり、夏バテかなと思うようなだるさはあるけれど、まあまあ元気。そろそろ夏も終わり。元気に秋を迎えたいものだ。(津村 薫) 9月5日(金)後期の授業「精神分析」の準備で、フロイト関連文献をまとめている。これは今年で三度目なのだけど、フロイト関連文献はあまりに多すぎて、いつも十分に納得ゆく準備ができず、プレッシャーに感じている。個人的には、フロイトが好きなわけではないが、興味深いことは多々ある。いつも私は、個人的興味から、彼の「外傷論」にフォーカスしながら、彼の思想を辿ることにしているのだけど、二つの大戦を経験するあの時代にユダヤ人として生きたフロイトの世代間トラウマ(個人の次元を超えた家族や人種、社会のトラウマ)はどんなものだったろう?(村本邦子) 9月4日(木)今日は某中高のスクールカウンセラーの日。思春期の子はかわいいので、いつも楽しみだ。それに、ここの学校の保健室は、とても良い雰囲気で、生徒たちのことを良くサポートしていることが伝わってくる。そんな環境に入ると、心が和む。(村本邦子) 9月3日(水)夜、お預けになっていたターミネーターを観に行く。迫力満点、ますます面白かった。マトリックスもそうだけれど、「こんな主人公に選ばれたくないよな〜」というのが本当のところ。もっと普通に静かに生きたいものだ。多くのファンたちは、どんなふうにこれらの映画を観るのだろう?主人公に同一化するのだろうか?それとも、私のように、「自分は嫌だ」と思いながら観ているのだろうか?実際、映画の主人公たちは、自分の宿命が重すぎて、逃げ腰である。それでも、それしか道がなくて、突き進むしかない。そのあたりが共感を呼ぶのだろうか?昔の子どもの怖いものは、お化けと怪獣だった(今日、たまたま読んでいた本にも、虐待児の子どもには怪獣が多く登場するとあった)。これからは、マシーンやロボットになるのかもしれない。私たちの時代の鉄腕アトムに代表される科学の輝かしい未来とは、まったく正反対だ。(村本邦子) 9月2日(火)暑い、暑い。この暑さの中、日々草とツバメ朝顔は、毎日、色鮮やかに新しい花を咲かせてくれている。グリーンたちも皆生き生きしていて、眼には涼し気に映る。琉球朝顔の一部は葉が茂り、ベランダから下へ垂れ下がって、小さな蕾をつけつつある。ところが、一部、とくに「もみじ葉」の朝顔は、ほぼ枯れてしまった。琉球と言うからには、暑さに強いのかと期待したのに。日射にやられた「白浜ブルー」も、ひとつは、成長を続けているが、もうひとつは甦らなかった。同じように種や苗を植えても、みんな同じように生き続けるとは限らない。途中で枯れてしまうと、がっかりする。手入れが悪かったのか、これも命の一部なのか・・・。(村本邦子) 9月1日(月)9月になってしまった!!秋にちなんだ歌をあれこれと思い出し、口ずさむ季節だ。 9月1日(月) 必要があって役所に印鑑証明を取りに行った。最近、役所に行くのが平気になった。かつては、苦手感があって、とっても嫌だった。別に悪いことをしているわけでもないのに後ろめたさみたいなものがあって・・・。ちょうど、運転中にパトカーを見かけたら、何だか悪いことをしているような気がしてスピードを落とすような、そんな感じ。あるサバイバーから、「サバイバーは、権威を信じられないから公の機関が怖いのよ」と言われたことがある。そんなものだろうか?それはどうだかわからないが、私自身、社会的スティグマ感というのか、その感じはよくわかる。いくつかの理由を思いつくのだけれど、私は、長い間、裏街道を生きているという感覚を持ってきた。子どもの頃、アルセーヌ・ルパンが大好きで、彼に同一化していた。それは、この「裏街道感」と関係していたのではないかと思う。日の当たる表街道は自分の属する世界ではないという感じが、気後れや後ろめたさにつながっていた。 |
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